余暇

2011年7月25日 日常
最近読書量が増えました。就職したころは、本屋に行く余裕も、買った本を読む時間もなかったので、少しずつペースをつかんできたのかなと思います。

本を増やすのはなんとなく好きではないので、ホントは図書館を利用したいんですが、まだ期限内に返却する自信はないのと、図書館通いをマンスリースケジュールにすると、家事がおろそかになる気しかしないので、これはまだ我慢かな。

読書の時間には、これまでネットサーフィンに充てていた時間が埋まっているので、結局のところは何かしらの活字を読んでいたいということなんだろうなあと思います。

36ヶ月。

2011年7月11日 日常
またまた、帰ってきました。36ヶ月ぶり。3年もあれば、あの日中学校に入学した初々しいあの子も、凛々しい高校生のお兄さんお姉さんになっちゃうよ。とはいっても、やっぱり初々しい高校1年生なんだろうけど。

ともかく、3年ぶりに戻ってきました。その後、私だけでなく、社会やそれを取り巻く状況なんかも大きく変わったような気もしますが、私自身は何はともあれ毎日を過ごしています。

氷河期と言われる中、無事に就職もかない、3年前とは少しだけ立場も環境も変わりました。

これでよかったのかどうかは分かりませんが、数年前に思い描いていた通りの職業に就いて、思ってたのとは少し違う仕事をしています。

夢がかなった、といえば聞こえはいいですが、よく言われるように「これから」なんだろうなと思います。楽しいことばかりじゃないけども、ツライことばかりでもない。数年経ったものの、悲しくなること、悔しくなることの根幹は、そんなに変わっていなかったりする。

高校、大学、そして現在と、継続したような環境でやってきたから、当然といえば当然なんだけども、まだ時代は変わらないのかと思うとやっぱりがっかりする。

たかだか3ヶ月だけども。たかだか3ヶ月だからこそ。私は変えていきたい。
06月18日付 日経新聞の報道「小6男児、屋上の天窓を破り転落死 東京・杉並」へのコメント:

情報が少ないのですが、少し考えてみます。

(1).そもそもこの屋上は授業で使うことを想定していたのか

授業で使うことを前提としているのであれば、安全面の確保は必ず求められるべきことです。なおかつ、小学校という場の特性も考慮した上で、設計がされるべきであり、また、部品の劣化が予測されるのであれば、その点検・保守も確実に行われるべきでしょう。

逆に、授業で使うことを想定していない屋上だったのであれば、授業者はそのような場所に児童を立ち入らせるべきではないし、授業を行うべきではありません。

(2).授業者は天窓に危険があることを認識していたのか

授業者、あるいは学校全体として、この屋上の天窓についてどの程度の危険意識を持っていたのかという点が問題だと思います。

(1)で述べたように、授業で使うことも想定して設計された屋上であり、学校全体として安全であるという認識を持っていたのであれば、この事故は防ぎようがなかったと言わざるを得ません。

逆に、多少なりとも危険が予測されているのであれば、そこで授業活動を行うことはできる限り避けることが望まれるし、やむをえず授業をしなければならないのであれば、細心の注意を払って行うべきであったと考えます。

ある程度の危険が予測される授業を行うのであれば、日頃の児童や学級の様子も考慮にいれた上で、その判断は慎重であるべきです。

(3).屋上での授業にあたって、どのような注意が行われたのか

屋上での授業は特別授業であり、日常的なものではなかったということなので、屋上で授業をするにあたって、どのような注意が行われたかということについても重要な点であると考えられます。

(2)で述べた天窓の危険を授業者が認識していたのであれば、当然そのことについての注意あるいは説明があってしかるべきであり、その説明が児童に対してどの程度行われたのかということも問われると思います。

授業中に起こってしまった事故ということで、今後責任の所在が追及されていくのだと思います。私は、上に述べた(1)〜(3)が大きなポイントになるのではないかと思います。

亡くなった児童の親御さんや、一緒に授業を受けていた他の児童のことを考えると胸が痛みます。

こういう事故は絶対にあってはならないし、私もものづくりに携わる者として、そして教育に携わる者として、他人事ではないと考えます。

気を引き締めていかなくては。

6月18日の日記

2008年6月18日
いとおしい。

こんなにもいとおしいのに、声ひとつ届かない。

さみしいね。

しょせん、そういう関係だった。

あの人はもう、大切なものを持ってた。

もう一度会えるかな。

楽器の名前を知りました。
リズムの名前を知りました。
たくさんのアーティストの名前を知りました。
あなたがたの言葉を知りました。

でも、本当にほしい情報はそんなものじゃないんだ。

図書館も、インターネットも教えてくれない。

こんなにもいとおしいのに。
元気でいますか。

新しい人の音楽も好き。人柄も好き。

でも、やはりあなたの音楽をもう一度聴きたい。

音楽、続けてますか。

あなたが、ここからは見えない星の下で、今も音楽を続けてくれてたらいいなぁと思います。

ほらやっぱり、この世界は広すぎた。

元気でいてくれたら、幸せ。

5月24日の日記

2008年5月24日
どうか元気で。

今はただ、それを祈ることだけ。
私にできるのは、祈ることだけ。

春を思う陽春の日

2008年5月9日
来年の春、私は笑えているだろうか。

応援する気持ちはあるけれど、もちろん。
成功してほしいと思うけど。

あまりに短くはないですか、と。
もっともっと、時間を共有したかったですよ、と。

春を想うのは苦手。
さみしさと不甲斐なさと後悔でいっぱいになる。

いい春が来ますように。

私の大事な全ての人と、一緒に春を迎えられないことは知ってます。多くのものを求めすぎていると知っています。

でも、いい春が来てほしいと思います。

祈るだけ。

おめでとう、といえますように。
楽しかったなぁ、幸せだったなぁ

そんなことを思いながら、思い出の曲ばかり聞いてる

この幸せな気持ちは、いつまで続くだろう

いつまで、こうして幸せに生活できるだろう

いつか限界がくるのかもしれない

それは、どういう日だろう

一緒にいたいとかじゃなく、気持ちを伝えたいとかじゃなく

じゃあ、何なんだろうね

思い出にひたって、生きていける、だろうか

それはそれで、幸せ、だろうか

ありがとう

2008年2月29日
ひどいことも言ったし、失礼なことも言ったし、どこまでが本気でどこまでが冗談か分からないことも言いました。

どのように受けとめられたかは分からない。けど。

最後に言ったありがとうだけは本物でした。

特別な言葉ではないのに、特別な言葉でした。ドキドキした。

ありがとうは3歩後ろから。そんな距離なのかもしれないですね。

なんて。

届いてもいいし、届かなくてもいいや。
メガネを買いました。とはいっても、花粉症対策用だけなので度は入ってないですが。

普段はコンタクトを使ってるので、あんまりメガネかけません。

ただ、寝不足のときとかは本当にコンタクト入れるのが面倒なので、メガネもいいんじゃないかと思い始めた次第です。

うっとうしく感じず、日常的に使えるようなら、ちゃんとしたのを新しく作ってもいいかなと思ってます。今持ってるやつは、どうにもデザインが古くなったので。

メガネ
・矯正されない視野がある
・維持費がかからない
・傷がつく、汚れる
・うっとうしい
・割れるのが怖い
・くもる
・着脱がラク

コンタクト
・維持費がかかる
・まつげが抜けると無茶苦茶痛い
・視野が均一
・着脱が面倒くさい
・視界がクリア
・湯気に強い
・目に負担がかかる
・度を変えるのが容易

小さいときから近視なので、何も装着せずにクリアにものが見えた記憶がありません。レーシックとか少し興味あったり。
手術とか怖いし、リスクもあるからやらないですけどね。

うえるかむ

2008年2月16日 趣味
今更ながら、光学式のマウスを買いました。紛失が嫌なので、あえてワイヤタイプで。

パソコンのタッチパッドも、使っているマウスも調子が悪くどうにも困っていたのですが、このこが来てから快適です。ただ、ホイール部の青いダイオードが少し明るすぎるような気がします。この要素、ちょっと存在感ありすぎる。

しばらく、CADを使う機会が増えそうなので、タイミングとしてはよかったかなと思います。やっぱり快適な環境で作業したいですから。

現金なものですが、やっぱり新しい電気機器を家に迎えるというのは嬉しいものですね。いらっしゃいいおたん。←IOからそのまま、いおたんと命名(笑)

きっとものすごく忙しくなると思うけど、末永くよろしく。

2月13日の日記

2008年2月13日
手の人でありたい。

何かをつくりだせる人。

実体のある、触ることのできるもの。

そういう生き方を目指したい。

うつくしいもの

2008年2月7日
うつくしいものは色々ありますが、飛行機というのは格段に美しいものだと思います。私は航空力学の分野は専門ではありませんが、飛行機の形状というのは、必然性を持った形状なのだと考えます。

翼の角度、機体の形状、全てに理由があって、全てに必然性がある。理にかなったものの集合体なのだと思います。

そういうものを、私はうつくしいと考える。

言ってみれば、歯ブラシの柄の色なんて何色でもいいわけです。私にとっては。まあ、強いて言えば、他の人のモノと区別が出来た方がいいから、世界中の歯ブラシが全て同じデザインで同じ色で、全く同じだというのは少し困りますが。まあ、それならそれで、ユーザーが必要に応じて目印なり何なりつければ済む話ではあります。

全てを計算されて作り出されたものはきれいです。そういうものを作っていきたい。どうしてここはこうなのか、と問われたときに、きちんと理由のあるものを作りたい。

2008年2月4日
いい話をもらいました。3つのプロジェクトのお話です。

正直、自分にできるのかどうかという不安もあるし、他の生活との両立を考えるとなかなか難しいなとも思う点もあります。でも、多分、今回の話を私は受けるだろうなと思ってます。

手を動かす。このことはやはり大事にしたいと思う。口を動かして、人を動かすというのもすごいことですが、やはり私は手の人でありたい。

きっと、今年以上に忙しくなります。でも、これは大きなチャンスだと思う。

きっと、私は同じことを繰り返す。ごめんなさい。自分の道を歩かせてください。

友達の詩

2008年1月18日 音楽
中村 中 浦清英 CD エイベックス・トラックス 2006/09/06 ¥1,050友達の詩
冗談なんかじゃないからネ


歌詞に魅かれてみた。「手をつなぐくらいでいい。並んで歩くくらいでいい。それすら危ういから、大切な人は友だちくらいでいい」

最近、強くそう思います。手をつなぐなんて、そんな大それたことはいらないんです。恋人にはならなくてもいい。友達でいたい、せめて友だちでいたい。

この歌を歌っている中村中さんは性同一性障害とのことですが。

私は単に恋愛に臆病なだけです。というか、恋愛はしんどい。

男女の友情が成立するのかどうか、私には分かりませんが。恋人はずっと一緒にはいられないけれど、友達とならずっと一緒にいられる、そう考えます。

恋人とか、そんな特別な関係じゃなくていい。でも、赤の他人はいやだ。他人は他人でも、知人はいやだ。少し、仲のよい関係でいたい。

恋愛関係になって後悔するぐらいなら、付き合わなければよかったと思うぐらいなら、ただ共に歩いているそれだけの、友達という関係に魅かれます。

人生初

2008年1月18日
人に相談とかしてみた。形式上は「相談」なんだけど、実際は「ていうかぶっちゃけどうよ?」みたいな感じで。

「どう思う?」なんて相談はきっとお互い合わないんだと思う。

自分の悩み事を人に言うというのははじめてのことでした。まあ、そんなに将来を左右するような重大なことではないし、判断いかんで誰かが被害を被るとか、誰かが悲しむということはないことですが。何かが変わるとしたら、自分の生活ぐらいです。

今までは、全て自分で考えて決めてきました。誰にも何も言ったりしませんでした。自分が迷っていたということも、誰にも言いませんでした。

前に進んだのか、後ろに下がったのかはわかりません。ただ、そういうことをしてもいいのだという対象となる人に出会えたことを嬉しく思います。自分には、そういうのは無縁だと思っていたから。

結論として、いわゆる「明るい」「前向き」なものは出てきませんでした。でも、これでよかったのかなと思います。

その人は、その人なりに私を受けとめてくれて、考えを聞くことができた。肯定もなければ、否定もない。ありがたかったです。

あぁ、こういう生き方もあるんだなあと思いました。

さよならを言う旅

2008年1月15日
さよならをしてきました。一言、彼に言葉を伝えられた。幸せでした。

彼の最後の演奏は、とても情熱的で、楽しそうで、ああ改めてこの人の音楽には魅かれるものがあるなと感じました。かっこよかった。

彼らの演奏スタイルが好きです。心から音楽を楽しんでいるような、大好きな世界です。

もう会えない。何度も繰り返した言葉だけど、いざさよならを言ったらなんだか落ち着いた。彼の顔が、あまりに穏やかだったから、私も穏やかな気持ちになれた。

さよなら。どうか、元気で。

いつかまた会える日があるなら、そのときもまた、笑顔で会いたい。

1月12日の日記

2008年1月12日
大好きです。

あなたに会えなくなるのはさみしいけれど、

あなたの幸せと健康を願っています。

明日の演奏、楽しみにしています。

忘れられないような、熱いステージを見せてください。

人に対して、こんな気持ちになれたこと、

私は幸せですよ。

1月12日の日記

2008年1月12日
もう会えないって知ってる。この世界は広すぎる。

私が一方的に憧れてただけだけど、私のことを「私」として認識してくれてた。でも、きっと忘れちゃうね。覚えておいてなんていえないよ。

明日で会えるのがきっと最後。そしたら、もうきっと会えない。彼がそれを望まない限り、私は彼には会えない。

故郷って大切なもの。私も一人暮らしをはじめて、地元、家族、親戚、友人のあたたかさが分かった。彼には彼の帰る場所があって、それを待っている人たちがいて、その人たちとの絆は、私やその他大勢の人には超えられない、強い深いものだと知ってる。そんなことは、彼に出会ったときから知ってた。

せめて友だちならよかったのに。そうしたら、彼が元気にしているかどうかぐらいなら知ることができたのに。

明日、明日が終わったら、もう彼に会えない。

地球は広いです。広すぎる。どんなに情報化が進んでも、手に入れられないものがある。

覚悟はしていた。いつかはこういう日がくるかもしれないって思ってた。でも、いざその場面になると、私はあまりに無力だった。涙が止まらない。

私にはどうすることもできないし、どうこうする権利も必要も、何かしたいとも思わない。

ただ彼に、最後の拍手をしにいくことだけ。一言、言葉が伝えられたら、それで幸せ。きっと、泣いちゃうけど。

もう彼に会えない。もう会えない。その言葉を、ただひたすらつぶやいては泣いてる。

いつか、こんなことも思い出になる日がくるんだと思う。ああ、あのとき彼のことがいとおしかった、そんな日もあったね、なんて思う日がくるんだと思う。むしろ、早くくればいいと思う。

でも、いつになっても、どれだけ時間がたっても、きっと彼にはもう会えない。

明日、最後のあいさつをしにいける私は幸せだと思う。誰もがいけるわけではないし、私だって危うかった。

会いにいけることを嬉しく思うよ。

そして。

この広い世界で彼に出会えたことを、私は幸せに思うよ。

自信

2008年1月7日
大学の休みって長いですよね。夏季2ヶ月、春季2ヶ月。どう有意義に過ごせるかっていうのは壮大なテーマだと思います。

だって、大学を卒業してしまったら、こんなに長い休みがとれるときなんてもうないでしょう?

こわい。こわいです。

ぼへーっとする時間がないと、生きていく自信がない。

自分はちゃんと、社会人になれるのだろうか。両親の年齢だったり、その老後であったり、自分自身の将来を考えると、まあどう頑張ったってどんな形であれ社会人にはならなきゃならないわけです。

しかも、結婚願望であったり、被扶養願望がないのだからなおのこと。自分の生活は自分で切り開かなきゃならんわけで。

今は、数ヶ月ガマンすれば休暇がやってくるわけです。好きなことばっかりして暮らせるわけです。

大学卒業したら、こうもいかないよね。そう思うと漠然と怖くなりました。

私はこの社会で生きていけるのだろうか。

新卒で就職して、生涯そこに勤める。怖いなと思う。たかだか20やそこらの年齢で、一生涯が決まってしまう。

転職もある時代とはいえ、それでも「働く」ことは変わらんわけです。

はー・・・・・・・ダメですね、憂鬱モードです。数年前読んだ、香山リカの「就職がこわい」を思い出しました。前読んだときは高1だったかな、あのときは就職がこわいなんて思わなかったのに。

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